元気印「こっこ亭」のきまぐれ旅

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ガサゴソ、何をやっているんだ!!

あなたたち! 勝手な茶番劇ばかりやっていないで、
この「日本」を背負って、荒波に立ち向かって行って
もらう次の《総理大臣》我らにも投票させろ!!
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「図書館の本」に思う・・・常識を知れ!

今日30日は、大阪本町1丁目の産業創造館で“しんちゃん
を先生に、13時から「メロウ倶楽部の大阪勉強会」

昨日、市立図書館で借りた群ようこさんの文庫本を往復の電車
で読もうと持参した。

読みだして数ページで「何だ?これは・・・?」
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本好きの「風上に置けない人間」が借りていたのか、スナック
菓子の食べかす
が何ページにもこびりついていて、剥し取った
後に、それらの油を含んだような汁が茶色に残って、なんとも
気分が悪い。


公共のものの扱い方を知れ!!
モノを食べながら本を読むな!!
万一、落としたとしても、後始末をちゃんとしろ!!

常識のわからない人間が多すぎる!!

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いつもは書店で買って読んでいる群さんの本
老い先を考えて、これからは借りて読むことにしようと、借り
てきたらこれ!

群さんの本はにんまり、クスッと笑いながら読むことが多いのに、
腹の立つことこの上なし・・・

皆さん!くれぐれも気をつけましょうよ!!
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『薬ののみ忘れ』 気をつけましょう!

血圧少し高めでずっと市立病院「循環器科」にかかっているが、
前回5月受診の時、「薬は91日分出しておきますね。」

朝食後に一日1回のむだけの薬。
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2種類を1錠ずつ合計2錠のまないといけないのに、何を思い
違いしたか、「91日分、2袋に分けてあるわ」と、思い込み
も甚だしく毎朝1錠(片方の袋の分)だけのんでそれも、のみ
忘れの日もあって、「のんでものんでも減らないな・・・」
勝手なひとり言。

受診日の今日27日朝、「何錠残っているか調べておこう」と、
袋から出して唖然とした。
二つ目の袋には全く違う薬が入っていたではないか。
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薬の説明書も入っていたのに、いつものことで全然読んで
いなかった。
「以前も2種類だったかな?」

昨日のボランティアの合い間に、待合ロビーの血圧計で計った
「大して下がってなかったはずだわ・・・」

「先生、薬Aは今朝1錠のんだだけで90錠、Bも25錠残って
います。」と申告。

パソコンでカルテに打ちこまれていた文章を横からチラリ。
『勘違いと思いこみで、Aは呑み忘れていた』
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先生に計ってもらった今日の血圧、上が144、下が82。
今朝の2錠が効いたかな? 昨日より低いぞ!!

貰った薬、Aが90錠、Bが66錠。
「きっと、またのみ忘れてだぶついて来るぞ!」

それでも『腰痛』以外は、元気、元気!!
みんなが“夏やせ”をしているというのに、私、2キロも
“夏太り”しているもんな・・・  「重い、重い!」
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「海外旅行」は『変圧器』不要?・・・嬉しい!!

海外旅行には「変圧器」必携だったが、先日『EXCITE』の
ホームページを覗いていたら、デジカメ、携帯、ビデオ
の電子機器くらいなら、あの重い「変圧器」を持参しなく
ても、変換プラグさえ持参すればOKな世の中になって
来ているという。

手持ちの電源の表面に着いている“プレート”の表示をよく
見れば、最近はほとんどの電子機器の電源は、使用電圧90
V~240V
と書かれているという。
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さっそく確かめた!
確かに! 携帯もデジカメも【100~240V】対応となっている。

しめた!! 私のは世界各国で使用可能な海外専用器具の約1Kg
もある重い「変圧器」で、これを持っていかなくていいのだ!

先日のスイスの前にわかっていたら持参せずに済んだのに・・・

ま、これからもまだまだあちこちに出かけたいから、「助かる、
助かる!」

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ただし、ドライヤーやアイロン、湯沸かしなどの大きな電流が
流れるものは、旅行用携帯変圧器ではヒューズが飛んだり、煙が
出たり
で大変危険なので、海外専用器具を持っていくように・・・
と書いてあった。

以前はドライヤーや湯沸かしを持参していたが、年とともに荷物は
少しでも軽く…
ということと、最近はほとんどのホテルがドライヤーを
備えてくれているので持参しない。
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出発までに、ホテルのホームページでいろいろ調べるのも楽しみの
ひとつ・・・

今使っている「docomoの携帯」は勝手に滞在国仕様に変換される。
まず日本にかけたことはなく、電卓か目覚ましに使うくらい・・・だが。

どんどん便利な世の中になる。
こういうことは大歓迎!!

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「病院ボランティア」 こぼれ話

今日は3週間ぶりの水曜「宝塚市立病院ボランティア」

お盆だ、施餓鬼法要だ!・・・で、8月に入ってからは、お寺である
娘宅の手伝いや「ブンちゃん」のお守りで、2週続きで休みを貰い、
まだ『腰痛』もあって、車いす補助などの力のいる仕事は他の仲間に
やってもらい、受け付け補助や整理の軽めの仕事をやってきた。
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そんな中、お互い顔なじみになっている「患者さん」が何人もおられ、
こちらはこちらで、何週もお顔を見ないと「どうされたのだろう?」
とか「入院でもされたのだろうか・・・」
と、心配になってしまうことも
多々ある。

今日はそんな患者さんの方から「どうされていたのですか?」とか、
「あら、お元気でした?心配していたのですよ」「良かった!何か
あったのかと心配してました」
と、やさしいお言葉をかけていただき、
「逆じゃない。こちらが患者さんをおもんばからないといけないのに
・・・」
と・・・

申し訳ない気持ちながら、他人のことを気にかけてくださる優しい
患者の皆さんに「有難う!」の感謝の気持ちがイッパイ。
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いつまで続けられるか・・・足腰丈夫で、病気や痴呆にでもならない
限りは社会の一員としてこれからも「頑張りましょう!!」

お互い、『元気』を頂いたり、差し上げたり・・・

「おかあさんといっしょ」スペシャルステージ“青空ワンダーランド”

8/22、大阪城ホールで開催の17時からの舞台を「ブンちゃん」
親子が見に行くというのを手伝いに行っていた時に聞いて、夏休み
の思い出に「モンちゃん」を連れて行ってやろう…とWEB「チケット
ぴあ」
で当ってみたら、2-3日前でも“スタンド席”なら○印で
残っている。

「モン父さん」は仕事に振り回されているが、「モン母さん」
カンちゃんも連れて、私も行きたい・・・・」と乗ってきた。
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余裕を持って早くに買っていた前回の「ディズニーオンアイス」より
ずっと良い席が取れた。

15時に大阪駅で「ブンちゃん母子」と待ち合わせをして、環状線で
「大阪城公園」へ。

「ブンちゃん」「ニイチャン(モンちゃん)」に手をつないで
貰って、私や母親が手を取ろうとしても振り払ってしまう

「カンちゃん」と三人が横一列になって闊歩するので、あとから来る
人にとってはいささか通行の妨げになる・・・が、それが嬉しくて
楽しくて仕方ない。
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後ろの皆さん、ごめんなさい。

公園の噴水前あたりからは凄い人波。

「ブン父さん」はアリーナ席の現場で合流ということで、このままでは
「こちらについて来ると言うよ」なんて話しながら、人ごみにまぎれて
うまく「ブンちゃん」の目をくらまして、私たちはスタンドC席へ。

テレビで見ているお兄さんやお姉さん達と仲間たちが次々登場して、
会場も一緒になって、歌ったり踊ったり・・・全部で29曲

子どもたち以上に「モン・カン母さん」が一番乗っていたかも・・・
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ただ、NHKが関係しているにしては、大和ハウスの協賛も受けて、1才
以上はすべて有料
で、S席が3000円、A席2500円というのは、
わずか1時間の公演ではちょっと『お高い』のではありませんか・・・
と思ったのは私だけかな?

「ブンちゃん」のひとり言・・・「施餓鬼法要」前後

8/19(木)、わたしのお寺の大きな年中行事の一つ「施餓鬼法要」
無事終わりました。

前の晩にカメラのバッテリーも充電して、カードも入れ替えて
準備していた「ばあちゃん」なのに、私のお守りやら何やらで
うっかり写真を撮り忘れてしまったんだって。

私をお昼寝させながら「しまった!」って気がついたんだって。
「来年は絶対忘れない!!」って、今から気合入れてるよ!
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「ばあちゃん」18日の朝、寝床で起き上がろうとしたら腰が
“ギクッ”として、「これは大変!明日まで何とか頑張らねば
・・・」
と、お守りを頼まれていた私を、まずは西宮まで迎えに
来て、宝塚へトンボ返り。

「モン・カンちゃん」ちに私を預けて『双愛整形外科』へ。
貼り薬と飲み薬、電気治療をして帰ってきたの。
「毎日、リハビリに来てください!」って先生に言われたけれど、
「無理だわ」って、「ばあちゃん」。

その間、ずっとばあちゃんに口癖のように言っていた「ニイチャン
(モンねえちゃん)」
「カーちゃん(カンちゃん)」と遊べたし、
おばちゃんに“お昼”も用意してもらって、楽しく、にぎやかに
食べられたし、「ばあちゃん」が買ってきた“かき氷”もみんなで
食べて、あっという間の3時間程。
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15時までに帰る約束を「お母さん」と「ばあちゃん」がしてたの。

「帰るわよ!」と言われてももっと「遊んでいたい!」って尻込み
して、帰りは「ニイチャン」「カーちゃん」も一緒に送ってきてくれたの。

「ばあちゃん」「モン母さん」に少しの間楽させようと思った
らしいけど、お家に帰った後も三人でしばらく遊べて楽しかった!

「(公園で)セミ獲った」とか、「チュンチュン(雀)いない」とか、
海遊館で大きな魚を見て「ちょっと怖い!」「ジューシュ(ジュース)
おいしい」
、いろいろお喋りできるようになってきてるのよ。

19日は、お寺にイッパイお参りの人が来て、「大きくなったね!」
とか、「可愛いね・・・」、「しっかりしているね」とか、私
おおもて!!
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終わってから「とっても賢かったね!」って褒めてもらったの。

大忙しの「お母さん」をいつになったら、お手伝いできるかな・・・
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読売新聞8/15 コラム「編集手帳」より・・・

昨日8/15の読売新聞朝刊1面、コラム『編集手帳』
戦争にまつわるこんな文章を見つけた。

《〽山の淋しい湖に/ひとり来たのも悲しい心・・・高峰
三枝子さんの『湖畔の宿』
(詞・佐藤惣之助、曲・服部
良一)が世に出たのは1940年(昭和15年)である。
替え歌が作られる》◆〽昨日生まれたタコの子が/弾に
当って名誉の戦死/タコの遺骨はいつ帰る/たこのからだ
にゃ骨がない/タコの母ちゃん悲しかろ・・・。ひそやか
に、しかし、たちまちのうちに全国に広まったと、鳥越
信著『子どもの替え歌傑作集』
(平凡社)にある◆戦士
したわが子の遺骨さえ帰らない。大っぴらには口にでき
ない悲しみを替え歌に託し、人々はそっと口ずさんだの
だろう◆話術家の徳川夢声は、戦時下の日記に自作の句
を書き留めている。〈出鱈目に捲きし菜種の霜に堪え〉
〈蝉鳴くや後手後手と打つヘボ碁打ち〉
。家庭菜園や
囲碁の話題を装いつつ、捲かれる「菜種」や打たれる
「碁石」が、戦略なき戦争に翻弄される庶民を指す
のは明らかである。暗号のような替え歌や俳句でしか
ありのままの心情を語れない時代があったことを、言論
の末席に連なる者として忘れまい◆鎮魂の慰霊の日は、
「声」の無事を確かめる日でもある。
》【すべて引用】
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1940年、私が生まれた翌年の歌『湖畔の宿』
美人の高峰三枝子さんと共によく知っているし、今も懐メロ
で歌える歌
にこんな替え歌があったのを初めて知った。

図書館にあるだろうか?
『子どもの替え歌傑作集』を借りて、ひも解いてみよう。

常に相手を思いやり、自分の言動に責任を持って、常軌を
逸してはいけないが、何でも言える今の世の中に感謝!!
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終戦(敗戦)の日に思う

8月15日。 今年も終戦(敗戦)の日を迎えた。

亡夫の仕事の関係で『転勤族』だった我が家。
1982年7月から1986年3月まで過ごした石垣島

家族ぐるみの付き合いをした6人の友人が、24年の歳月
を経た今も、初夏“うりずん”の季節になるとパインや
マンゴーを送ってきて下さる。

子どもを通じての、近所やPTAの仲間、担任の先生たち。
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沖縄の人たちにとっては、8/15より沖縄戦終結の6/23
「慰霊の日」
の方が思い入れが大きく、重い日となっている。

石垣に住み始めて当初は“やまとんちゅー(内地)”の我々
は、この地のお年寄りからすれば、同じ日本人でも「カタキ」
ということになり、面と向かって非難する人もいた。

それを若い世代の人たちが「この人たちに責任は無いさー」
いさめ、慰めてもらったことが度々あった。
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戦後65年、今は時代も進み、“うちなー”の人たちの意識も違って
きているかもしれないが、日本人同士であっても何時までも消える
事の無い『戦争にまつわる憎しみや苦しみ』

ましてや、「国と国」となれば一筋縄では解決できないことは
山積し、いつまでも『責任や補償』がつきまわる。

絶対にやってはいけないこと 『戦争』!
今も世界のあちこちで戦禍を被る人があとを絶たない。

祈る!「世界恒久平和」&「核廃絶」!!

あまたの人たち、どうぞ心安らかに・・・
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お盆の「迎え火」、「送り火」・・・マンション事情

先程「お盆の迎え火」をベランダで焚きました。

昼間、「ブンちゃん」のお守りをしながら、西宮エビスタの
花屋さんで買った「おがら」

これも今は「“輸入品”なのかな」なんて考えながら・・・
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今は義父も老人ホームでご厄介になり、三重の実家は戸閉め
になっている。

亡き主人だけでなく、「おばあちゃん、ご先祖さん、この灯
見えますか? みんなでこちらへ帰っていらっしゃい!!」
と、
空に向かって呼びかけた。
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阪神大震災までは、堂々とベランダに直に火を焚いてお迎え
できたが、復旧工事の後は床が“合皮”の床材になって、
ポリバケツを置いた上に、陶芸で手づくりした分厚い大きい
植木鉢を乗せて火を焚く。
不便極まりない。

こういう伝統的な、宗教上欠かせない行事のために、『マン
ション』の建設や、修復工事
などに携わる方は、常に頭の隅
「ご先祖様」の存在を置いといて頂きたい!

16日の「送り火」は盛大に焚くつもりだが、「どうぞ床が
焦げませんように。焼けて融けませんように・・・」
と、
祈るばかり・・・
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76才でなくなった実母が「お盆にお墓参りしても、仏さんは家に
帰っておられてお墓は空っぽよ」
と言っていたのを思い出す。